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イギリス競馬

競馬狂一族

ダービー一族…。この一族は、昔イギリスのランカシャー(東京都の半分ぐらいの土地)を中心に生息した、言わば「競馬狂一族」といっていい。時は遡ることイギリス産業革命期。彼らはランカシャーの土地をもっていたが、その土地がたまたま産業革命の舞台だった。土地はみるみる高騰。たちまち超有力者となった。ダービー卿という言葉を聞いて、一般的に指すのは第12代のダービー卿だ。この人は今では他のスポーツでも多用される「ダービーマッチ」の創始者となった人物。しかし、一族の競馬好きは彼だけにはとどまらなかった。例えば先代の9代は、無類の競馬好きというチャールズ国王と会う場所は決まって競馬場だったという。また、10代、11代、14代、16代も熱心な競馬好きだった。特に17代のエドワードは単なる馬主としてより生産者として有名で、その持ち馬で五大クラシックを全て制覇した。ただ、イギリス貴族の中で彼らだけが特別だったわけではない。このときの予想は競馬市場でそうならざるを得ない状況がある。その理由は、貴族の慣習によるところが大きい。詳しくいうと、貴族は乗馬が出来なければ社交の場には出られなかったのである。つまり、馬に親しまなければ、もしくは詳しくなければ、社交の場で浮いてしまうのである。このことから、小さい頃から、馬の生産、飼育、売買、出走の管理まで彼らの知識を相当なものだったらしい。イギリスの貴族はもって生まれた馬好きというよりは、後からやむなく、若しくは自然に好きになっていった、と言えるだろう。生半可な気持ちで競馬予想を楽しんでいては当てることが非常に難しいといことがわかる内容だ。

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